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2012年7月14日土曜日

ground (解説編)

前回の福大の問題の解説です。

けっこうヘトヘトですが頑張って書くので是非、お付き合いください。。



まずは、英文を。

   There are many different types of place to eat. One important question is who uses different places and how often they go. People behave differently, depending on their social and cultural characteristics. It is true that there are practical restrictions encouraging or restricting the opportunity to eat out. Caring for young children can be a restriction, making it difficult to get out in the evening. In contrast, for people living alone, there are little grounds for devoting the effort to cook an elaborate meal just for one.




動名詞が主語になってたり、分詞構文も出て来てたり、なかなか良い問題だなあと思うんですが、
今日はとにかくgroundです。




twitter, facebookでgroundのイメージを聞いたところ、




まず、「地面、校庭、土、野球」


まさにグラウンド。
(写真載せる必要もないですが一応...)















これが日本人のもつイメージですね。







そして、「底になるもの・基準・基盤」


















靴の....





「底」です。




今回のground(グラウンド)は
キノコ:mushroomと違って、英語がそのまま日本語になっているせいか、
かなり英語らしいイメージで答えていただけました。

僕が感覚的に持っているgroundのイメージも「底」に近いです。



今回の英文中ではこの「底」のイメージが 

「理由」という意味に発展しています。




では、なぜ「底」が「理由」になるのでしょうか。

今回はネイティブに確認とったりしてないので、自由に考えてみます。



①「理由=場所」という概念。

数学や科学の証明では、論理構成をしていく際に、「ここで」という言葉を使います。
 (数学を勉強したことがある方なら覚えがあるはず...)

数学は日本に入る前に、西欧諸国で発達したものなので「ここで」という言葉を使うのは、英語的であると言ってもいいはずです。

(数学:古くは紀元前500年ごろの古代ギリシャにさかのぼります。ピタゴラスって有名ですよね。このころ日本は縄文・弥生時代なので、日本人が土偶とか竪穴式住居とかつくってたころに西欧では数学や哲学が発展していたわけです。)←合ってるか不安

実際に、wikipediaで拾った証明では日本語の「ここで」に相当する"where"が使われています。 7行目にwhereがありますね。



(研究室に引用したい教科書を置いてきてしまったのでやむを得ずwikipediaです。ご了承ください。火曜くらいに追記で教科書の写真載せます。)


つまり、「底=理由」となるのも、 「底」「何かの深い部分・場所」を意味しているからではないかと思うわけです。


底→物事の根底にあるもの→理由・根拠
といった感じです。

英語圏やヨーロッパの方々は、論理構成をする際に頭の中に「開けた場所」のようなものを想像してるのではないのかなと。

他にも「それ故に」という意味で使われる"therefore"にもthereとい「場所」が含まれてますよね。



② 基礎工事

「理由=場所」という概念をもう少し深めてみます。
哲学・数学・物理・化学などの学問は西欧諸国で発達してきました。

つまり、西欧諸国で論理的な考え方が発達してきたということです。

数学においては一つ一つの定義を、化学においては目に見えないものまでも論理で解き明かします。
その論理的思考の基盤にあるのが、理由なわけです。


イメージとしては「基礎工事」です。




基礎工事がしっかりしていなければ、

論理構成というドでかいビルを建てようとしても、

途中で崩れてしまいます。




どんなにいい考えに思えても、

基礎工事となる理由がしっかりしていなければ、

他人の支持を集める前に崩れさってしまうわけですね。




日本語と英語を比べてみると分かるとおり、

英語はルールでガチガチ、つまり論理的ですが、

日本語には意識するほどルールはないですよね。

(ルールがないぶん日本語を学ぶ外国人はけっこー苦労するらしいです。)




③ コペルニクスの地動説

思いつきで、もう一つ。


ご存知のとおり、groundには「大地」という意味があります。

「大地」と「理由」に共通するものが何であるか考えてみると、

どちらも最優先するくらい大事なものなんです。 

15世紀にコペルニクスが地動説を唱えるまでは、天動説が信じられていました。つまり、「大地」が全ての基盤であって、固定されている絶対的な存在だったわけです。

また「理由」も、論理的な思考を行う西欧諸国の人々にとっては、揺るがない(揺らいではいけない)絶対的な真理でなくてはならないはずです。




以上の3点から

なぜgroundが「理由」という意味になるのか、

英語を話す人の頭の中がどうなっているのか、

分かっていただけたでしょうか。

あくまで個人的な考えですが、納得してもらえると嬉しいです。




日本人は、理屈っぽいことを嫌う傾向がある気がしますが、

ただ話をするときも、論理性を意識した方が、

相手に自分の言いたいことが分かってもらえるはずです。

英語を勉強するときも、効率よく学べます。



予告通りと言いますか、全く英文に触れてないので、(もう今日はやる元気ない。。)
解説してほしい方はtwitter,facebookでコメントください。。


では!



***********************************
追記

量子化学の教科書の証明に使ってある"where"です


2ページに1個くらいの頻度で出てきます。





2012年4月27日金曜日

キノコの件(解説編 )

予告通り、前回載せた九州大学の英文を解説します。

今回注目するのは下線を引いたmushroomという単語です。

なお、今回は触れませんが、関連に気づく人がいるといいなってことで第2文も載せてます。

すぐに辞書は引かずに、mushroomの意味を予測しながら読んでみてください。

(授業ではなくブログなんで、ネットで拾った画像を好き勝手に使いながら好き勝手に解説します。) 


① *Shrimp aquaculture or farming first became profitable about 20 years ago and has since mushroomed into a major industry in developing countries. 

② While total catches of wild shrimp have remained relatively stable at about 2 million *metric tons per year over the past two decades, farm-raised production has exploded from around 80,000 metric tons in 1980 to more than 1 million metric tons in 2000. 



さて、みなさんはmushroom(キノコ)と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。




Twitterで質問した所、



*******************************

「マリオ」

ご存知、スーパーマリオです。

キノコとるとでっかくなりますもんね。












「不気味」

「キノコ 不気味」で検索したらでてきた画像。

ロシアのお化けキノコらしいです。

食べてる画像もあったんですが、けっこうおいしそうです。











 「ファンタジー」



映画「アリス・イン・ワンダーランド」のワンシーンです。

ファンタジーですね。

こういう世界観好きです。











 「分解者」

生物の授業で出てきますね。
 
農学部の友達が答えたんですが、割と予想外な解答でした。




「おいしい」

そう、キノコは美味いです。


********************************


こんな感じでした。

ここまでが日本人の解答です。




ここからが本題なので、しっかり読んでもらえたら嬉しいです。

Twitterで質問するのと同時に、Facebookで外国人にも質問しました。



意図を説明せずに質問したのでけっこう無視されましたが、



アメリカ人の友達がまず答えたのは、



「マリオ」



これは日本人と変わらないみたいです。


もうちょっと深く聞いてみて出てきた答えが、



"explosion"



「爆発」です。





こんな感じですね。↓




















 なるほどなあって感じでした。


 形もそうですが、キノコが胞子をまき散らしながら、 

爆発的に広がるイメージを持ってるんでしょうね。


これはおそらく日本人には無い感覚なんじゃないかと思います。


(ちなみに僕が問題の英文を初めて読んだ時は、違うアプローチでmushroomの意味を予測しましたが、 キノコって成長早いし、そんなもんなんだろうなって思ってました。今回TwitterやらFacebookやらで聞いてみるまでザックリとした感覚しか持ってなかったので聞いてみてよかったです。)





・・・長々と書いちゃってるんで、そろそろ和訳します。



まず、前半部分 and の手前までサクッといきます。

Shrimp aquaculture or farming first became profitable about 20 years ago

「エビの養殖は約20年前に初めて利益を生み始めた」

って訳してもいいですが、

about 20 years agoが後ろにあるのでそこを意識しながら訳しましょう。

英語で書いてある語順通りに訳す方が元の英文のニュアンスを崩さずに訳せます。

つまり、

「エビの養殖が初めて利益を生み始めたのは、約20年前のことだった」

 ですね。




はい、次、今回のポイントです。

 and has since mushroomed into a major industry in developing countries.


mushroomが動詞で使われてますね。

先ほどのアメリカ人の感覚で意味を想像してみてください。


爆発でしたね。


つまり、エビの養殖が発展途上国(developing country)で主要産業へと、

爆発的に成長してきた ってことです。


爆発的に成長するイメージを持ってるから、マリオがキノコをとったらでっかくなるのかもしれないですね。




訳をまとめると、

「エビの養殖が初めて利益を生み始めたのは約20年前のことだったが、発展途上国ではそれ以来、主要な産業へと爆発的に成長してきた。」

となります。過去形、完了形で時制が異なるのでそこにも注意が必要です。






さて、一つの単語に注目して解説してきましたが、

何が言いたいかといいますと、


日本人とアメリカ人ではmushroom(キノコ)って単語一つに関しても、

異なるイメージを持っているということです。


それは、言葉が違うから、


つまり、文化が違うからです。


英語を勉強する上で、英語でコミュニケーションをとれるようになるのも、

もちろん大切ですが、


こういった文化や感覚の違いを感じることができるのも、

英語を勉強する魅力の一つなんじゃないかと思います。




すっごい眠たいし、いい感じにシメれたので今日はこの辺で。

反響があれば、違うアプローチでの解説や、第2文の解説も行います。

誰も何も言ってくれなかったらスネます。

おやすみなさい。



*******************************

僕の突拍子もない質問に答えてくれた方々、ありがとうございました。

おかげで楽しく記事が書けました。

また、こういうのやろうと思うのでそのときはどうぞよろしくお願いします。

2012年4月15日日曜日

浪人することに決めたある生徒の報告を受けて思うこと


昨年度、お願いされて受験直前の2ヶ月間だけ数学と英語の家庭教師をしていた生徒がいたんですが、残念ながら第一志望の国公立大には合格できませんでした。

私立は西南大に合格していたので、西南大に行くものだと思っていたんですが、先日報告を受けたところ、その子はご両親の反対を押し切って、浪人することにしたそうです。

しかも、厳しいことで有名な北九州予備校の寮に。
(世間で言われている以上に寮の生活は厳しいです。)



なんというか、素晴らしいですね。

 

女の子なのに浪人を決めたこと。
(一般的に、女の子って浪人をすごく嫌がりますよね。)

浪人の環境として北予備を選んだこと。

さらに厳しい環境である寮に入ることを決めたこと。



絶対に合格してやるっていう覚悟を感じます。

誰に言われた訳でもなく自分の意志で決めたことも素晴らしいです。


受験生のときに、こういう妥協しない生き方を選ぶことができれば、

後々の人生も素晴らしいものになるように思います。


頑張って、いい一年にしてほしいですね。




*************************

(ここからは教え子向けです。)


話を戻すと、北予備の寮はケータイが禁止です。

持ち込んでいるのが見つかると退寮させられます。


メールもそうですが、今はmixiやFacebook、twitterなど、簡単に連絡が取れたり報告が出来る時代です。

ただ、そういったSNSに投稿したりする前にちょっと考えてみてほしいです。

その近況報告だとか、つぶやきだとか、本当に必要ですか?

大半が時間の無駄でしかないように思います。

僕が尊敬する人たちはTwitterを見ていても、伝えたいことや目的がはっきりしています。

僕のTwitterも彼らのものほど聡明ではないですが、一応目的を持って投稿してます。

SNSの使い方には大きく分けて2種類あると思っているのでプライベートなことをガンガンつぶやいてるのもそれはそれでいいと思います。

ただ、受験生にはどちらも必要無いんじゃないかなと。


昨年度の教え子からFacebookの申請が来たので、「卒業したしまあいいか」と何も考えずに承認してたんですが、浪人中の生徒は削除させてもらいました。

「便りがないのはいい便り」って言いますよね。

本気で何かに打ち込んでる人には、特に当てはまるんじゃないかなと。

努力してることの報告はこちらの励みにもなりますが、

受験生の場合は特に、何も報告がない方が、頑張ってるんだなって思えます。

どうでもいいこと書いてる暇があったら勉強してください。


プライベートな事書いておもしろいのは一部の芸能人だけです。


厳しいこと言うようですが、

自分で浪人するって決めたんなら、本気でやってください。
 

合格が決まって報告に来てくれるのはすごく嬉しいのでそれは楽しみにしておきます。

2012年3月24日土曜日

Love Interruption



Jack WhiteのLove Interruptionという曲です。


サビの部分の歌詞、

"I won't let love disrupt, corrupt or interrupt me"

で使われている-ruptを含む3つの単語が気になったので取りあげます。

このdisrupt, corrupt, interruptという単語は


3つともほとんど同じ意味です。


-ruptには「破壊する」という意味があり、


dis-, cor-, inter-のうち、どの接頭辞(漢字の部首みたいなもの)とくっついた場合も、


「破壊する」という意味から大きく離れることはありません。


参考までに、
dis-は「離す、離れて」という意味で、
disruptは「破壊して離す」で「分裂させる」

cor-は「共に」という意味で、
corruptは「共に破壊する」で「腐敗させる、堕落させる」

inter-は「間に」という意味で、
interruptは「間に入って破壊する」で「邪魔する」という意味になります。


つまり、どれか一つでも単語の意味を知っていれば、

もしくは-ruptという語幹(これも漢字の一部みたいなもの)の意味を知っていれば、

知らない単語の意味が予測できるということです。


この歌詞の場合は極端な例ですが、

入試で出題される長文の中にも同じように単語の意味を予測できるヒントがたくさんあります

むやみに辞書を引くのをやめて、意味を予測するように意識すれば、

本番の試験や模試などの辞書を使えない場面でもスムーズに英文が読めますし、

なにより、頭を使うので思考力がつきます


長文中の単語の予測法はここには書けませんが(授業でやります)、

inter-や-ruptなどの語源に興味が湧いた方は、

書店に行けば語源に関する本はたくさんあるので、

中身を見て自分に合うものを探してみるといいかと思います。



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英語とは話が離れますが、Jack Whiteは僕が一番好きなミュージシャンです。

歌詞の美しさと独特のギターサウンド、彼の音楽に対する姿勢にも惹かれます。

デジタル機器が氾濫している音楽業界のなかで、

レコーディングや機材もアナログにこだわって活動しています。

また、 Jackが立ち上げたThird Man Recordsというレコード会社は、

音楽のダウンロードが主流になってCDすら存在が危うい状況であるにも関わらず、

アナログレコードを世の中に出し続けています。


古き良き時代のものを守りつつ、

革新的なサウンドを世の中に出していく彼の姿勢は、

英語を教えている僕も見習わねばと思っています。



歌詞も載せておくので興味がある方はご覧ください。

2012年3月18日日曜日

ダージリン急行



あたたかい映画です。

テーマは家族の絆というより兄弟の絆です。

僕は一人っ子なので兄弟はいないんですが、

すごく好きな映画です。


生徒にもたくさん映画を見るように言ってますが、

映画を見ると、自分が体験し得ない人生を体験することが出来るんです。

2時間たらずで。

しかも、旧作のDVDだったらたったの100円で。

使えるお金が少ない高校生にもやさしいですよね。



この映画の主役の3人の英語も比較的聞き取りやすいので、英語の勉強にもなります。

せっかくなので、予告編の冒頭に使われているセリフも載せておきます。


I think we have a chance 

to make this kind of a life-changing experience,

and I think we need it.






2012年2月24日金曜日

これから大学生になる人へ

大学にマジメに行けとは言いません。(僕がマジメに行ってないですから。)

ただ、常にやりたいことを優先してやってください。
 
僕が大学1年生の頃は深夜までドラゴンボール見ながら腕立て伏せしてたので、
朝にあってた大学の授業はほとんど行ってなかったですし、上半身だけムキムキでした。
学部や大学によるのかもしれないですけど、1年生のころの授業って一般教養ばっかりで、すっごいつまんないですからね。
ドラゴンボールみながら鳥山明すげえって思ってた方が楽しかったんです。
夜は塾で働いてました。

1年生の後半あたりから、塾でも阪大志望の生徒を担当するようになったので、塾で英語を教えるのが楽しくてしょうがなかったのを覚えています。
あのときはプロ意識もくそもなかったので、授業が無い日も塾に行って質問受けてました。
もちろん給料は出ません。

理学部化学科に入ったのは化学が好きで研究者になりたいと思ってたからなんですが、塾で英語を教えるうちに、いつからか「俺、将来英語で飯食ってく!」って決めてました。
ただ、大学で受ける授業は化学ばっかりになっていきます。最初は面白かったんですが、英語に対する興味の方が強くなってたので、化学の勉強をないがしろにして英語の勉強してました。
(分析化学、物理化学、生物化学、有機化学、無機化学、放射化学、典型元素化学、量子化学、固体物性化学、、、いや、もう化学はいいよ!ってなってました。)

大学の試験期間中も徹夜すればとれた単位もあったんでしょうけど、塾での授業の質を落としたくなくて試験を受けないってこともありました。(言い訳ですけどね。)

すぐに転学部でもすればよかったんですが、大学のシステム上できず、けっこうな数の単位を落としているので、1年間留年もしました。
大学を辞めることも考えてたんですがそこまでは踏み切れませんでした。
いろんな人に止められましたし、理系出身の英語講師もいた方が希望が持てるでしょう。
大学で英語習ってなくても勉強すればここまでできるんだって。

やりたいことを優先するにはかなりのパワーが必要です。
たぶんやりたくないことを嫌々ながらもやってのけるより努力が必要です。

やりたいことやって夢を叶えるには、やりたくないこともやんなきゃいけないですし、失敗しても誰のせいにもできないですから。

仕事を選ぶときもそうですが、安定志向に走るのはつまらないです。
否定する訳じゃないですが、人生の大半を占める仕事の時間をやりたくない仕事をやって過ごすよりは、
やりたいことを仕事にしたほうが絶対に幸せです。

まだやりたいことが見つかっていない人は、しっかり勉強してください。
いろんな価値観に触れる間に見つかるはずです。

授業中にもけっこう言ってたと思いますが、
寝る間を惜しんで映画見てください。本読んでください。
映画も本も作者の価値観が存分に詰まってます。
作者の伝えたいことを感じて、自分の価値観を色鮮やかなものにしてください。 
サークルでワイワイやったり、いろんな所に顔出して人脈増やすのもいいですが、
映画作ったり、本書いたりしてる人たちの研ぎ澄まされた価値観には敵わないように思います。

国立二次

今日の授業で国立二次対策も終わりました。

今週末がいよいよ本番。

滑り止めが受かって安心してたり、国立一本でセンターの点数的に無理だと思ってても、

受かる気で受けなきゃ受かんないですから、全力出してきてください。

 
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毎年この時期になると感じてるのかもしれないですが、

今年度は生徒に恵まれてる1年でした。

おかげで楽しく授業できたし、成長できるきっかけをたくさんもらいました。
 

一緒に写真を撮ってくれって頼まれたのも初めてでした。

わざわざ僕の分まで現像してくれて、裏の寄せ書き(?)も素敵でした。

本番直前になって授業をとり始めた生徒も

「授業とっててよかったです」って書いてくれてて嬉しかったです。
 


春の間は水金土の夜なら確実に塾にいるはずです。

報告、待ってますよ。






2012年2月6日月曜日

受験生へ

受験生って素敵だな、と思うんです。

真剣に授業を受けてる姿も、

試験直前の不安そうな表情も、

全部含めて素敵です。


受験制度自体は批判を受けることもありますが、

僕は受験を、本気で人生と向き合ういい機会だと思っています。

本気だからこそ、真剣に授業も聞けるし、不安にもなるんです。

受験のために頑張っていることは、絶対に今後の人生の糧になります。


世間では、受験でやったことは全然役に立たないと言われたりもします。

そんな人は、きっと本気になってなかったか、本気だったことを忘れてるだけなんです。

だから、絶対に最後まで本気で頑張ってください。

そして、大学生になっても、どうか今まで本気で頑張ったことを忘れず、真剣に人生と向き合い続けてください。



恥ずかしながら、授業でここまで伝えきれてない気がしたので、ブログに書かせてもらいました。
僕ももっといい授業ができるように努力します。


2012年1月29日日曜日

STEADY AS SHE GOES

映画「パイレーツ・オブ・カリブアン/生命の泉」のペネロペ・クルスのセリフがかっこいいので取りあげます。

美人の女船長が言っている"Steady, as she goes!"というセリフです。

Youtubeで予告編を見つけたので、53秒のあたりをご覧ください。



日本語字幕でなんと訳されていたかは覚えていませんが、

訳としては「進路を保て!」となります。

今日はなぜこのように訳されるのか説明します。


① steady

まず、steadyは「固定している状態」を表す形容詞で、間投詞(Helloなどの呼びかける言葉)としても用いられます。

「位置について(Ready)、用意(Steady)、ドン(Go)!」
の「用意」の部分にも同様に使われています。

要は「(身体を)しっかり固定しろ」ということですね。

「パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉」のワンシーンではもちろん船に乗っているので、何を固定するのかと言うと、
"舵を"しっかり固定しろ」ということになります。


② she

代名詞のsheは船や車、国名を受けることができます。
諸説ありますが、一般的に、船や車は男が愛するもの、国は男が動かすもの、と考えられているため女性の代名詞であるsheが用いられます。
※やや差別的であるため最近は普通にitが使われるそうです。


③ as

 続いてasの説明です。

asは「郷に入りては郷に従え」ということわざで知られる、
"When in Rome, do as Romans do."  
直訳→「ローマでは、ローマ人がするのと同じようにせよ。」

という文章中で用いられているasと同じ働きをします。

asは用法がたくさんありますが、今回のasは「同様に」と訳される様態のasになります。

たくさん用法があるasですが、ちゃんと目印があるので心配しなくても大丈夫です。

今回の様態のasの目印は、「言わなくても分かること」です。

*受験生向け
今回は会話文なので出てきませんが、英文中になると
1. 表現の反復 ←繰り返し言うことは言わなくても分かりますよね。
2. 代動詞(do,does,did) ←既出の動詞の代わりに用いられるdoなども言わなくても分かります。
3. 省略 ←言わなくても分かるから省略されています。
がas以下にあることが様態のasの目印になります。

 "Steady, as she goes!" というセリフでは、sheは船のことを示し、goesが船が進んでいることを示しています。
このセリフを口にする時にはもちろん進んでいる船の上にいますから、
as以下は言わなくても分かることになります。


以上をまとめると、
「船が進んでいるのと同じように進むように、舵をしっかり固定しろ!」
つまり
「進路を保て!」ということになります。




余談ですが、"Steady, as she goes!" は日本語の航海用語で「ようそろ」と言うそうです。
「宜候(よろしくそうろう)」が変化したものだそうで、日本語の「よろしく」がこのように使われているのも興味深いなと思います。
 "Steady, as she goes!"は「船が進んでる」ということまで言わないと伝わりませんが、
日本語は「よろしく」だけで通じちゃうんです。

日本語の「言わなくても伝わる文化」って素敵です。

有名な話だそうですが、かつて夏目漱石は"I love you."を「今夜は月が綺麗ですね。」と訳したそうです。
現代っ子からすると「そんなんじゃ伝わらないよ!」って思われちゃいそうですど、
こういう文化の違いを感じられると英語やっててよかったなあと思います。
単純に、好奇心がそそられますよね。

時々、日本語専攻の外国人と接することがあるのですが、
彼らも日本語のこういうところに魅力を感じてるんじゃないかなと思います。

2011年12月10日土曜日

何故、勉強するのか

好きなことを仕事にするということ。

これが人生を有意義なものにする条件だと思っています。
僕の場合まだ学生講師なので、途中の段階ですが、今後も揺らぐことの無い信念です。

学校で行われる教育は、好きなことを見つけるためのものです。
学校の試験のための勉強も、大学入試のための勉強も、好きなことを見つけるためのヒントになります。

高校までに行われる教育は最低限に設定してあるように感じます。
その科目の面白さが理解できる最低のラインです。
人によって感じ方は違いますから、やっぱりつまらないと思う人もいるでしょうし、
ある科目を好きになって、没頭することもあるでしょう。

そうして好きなものができた瞬間から、それまで嫌で仕方が無かった勉強が楽しいものに変わります。
つまらなかった勉強に、知りたいことを自分の頭で理解し、新しいことを考えていく楽しさが加わります。

好きなものができたら、夢ができます。
夢ができると、実現するための力が必要になります。
夢を叶えるために必要なのは、勉強することです。

まとめると、勉強の意義は三つです。
1つ目は、好きなことを見つけるため。
2つ目は、夢(やりたいこと)を見つけるため。
3つ目は、やりたいことを実現するため。

僕の場合、英語を好きになりました。
やりたいことも見つかりました。
それを実現するために必死で努力しています。

学校の科目の中に一つも好きなものが見つからない場合もあるかもしれません。
学校の試験には赤点があります。大学入試なら不合格になります。

これらの合格点は、「最低限ここまでは学んでいてほしい」ということを示したボーダーラインです。
もし、自分の点数がボーダーラインを超えていないようであれば、それは単に努力不足です。
大学入試では一概には言えませんが、学校の試験は努力をすれば、合格できるように設定されています。

赤点を超えられない人は、今は勉強が嫌で仕方が無くても、一度我慢して努力すれば、その科目の好きなところが見つかるかもしれません。
好きなことが見つかれば、一歩踏み出せるように思います。
それは人生における宝物です。

受験生の場合は、やる気が落ちてしまうこともあると思います。
志望校を決めていても、模試の結果や、周りの影響で、志望校を下げたくなることがあるかもしれません。
ただ、一度志望校を決めたのであれば、そこには信念があったはずです。
やりたいことがあったはずです。
安易な理由で気持ちを折らずに、志望校を決めたときのことを思い出してみてください。

まだ志望校がはっきりしない受験生は、とにかく勉強してみるといいです。
ある一定のラインを超えたときに、好きなことが見つかるかもしれません。

志望校が決められず、どうしてもやる気が出ない場合は、急いで決めなくてもいいように思います。

これは経験から言えることですが、僕が英語を好きになったのは、浪人しているときです。
仕事にしようと決めたのは、大学生になってからです。
高校生のころはひたすらに化学が好きで、研究者になりたいと思っていたので、僕が入った学部は理学部化学科です。
化学科に入ってから英語を仕事にすると決めてしまったので、当然ながら苦労しています。
英語を全力で学びたいのに、化学も勉強しなくてはいけないのは辛いです。
言うなれば、好きな人がいて結婚したいのに、元恋人との関係がこじれて結婚できていないような状態です。

僕のように、好きで化学科に入ったのに、もっと好きなものができるということも起こり得ます。
好きでもないのに適当な学部に入っても、後悔する可能性はもっと高いですよね。

受験は一発勝負という認識が強いですが、別に浪人したっていいんです。
(浪人するよりも、大学に入り直す方が、お金も時間もかかります。)
浪人すれば、予備校には授業が格段にうまい講師がたくさんいます。
新しい価値観に触れることで、好きなことが見つかるかもしれません。

2011年11月20日日曜日

昨日は初学会

昨日、熊本ルーテル学院大学で行われた第13回映画英語教育学会にて、
研究発表をさせて頂きました。

学部生は僕だけで、かなり緊張しましたが、
様々な大学や高校の先生方を前に自分の考えを発表できる機会を頂けたので、
本当にありがたかったです。

学会というか、大勢を前にしたプレゼンも初めてだったのですが、
こういうのも楽しいですね。
質疑応答の時間にきちんと質問していただけたのも嬉しかったです。
質問が出なかったら負けだと思っていたので、本当に良かったです。
(質問が出ない=「君の話になんか興味ないから早いとこ終わっちゃって」って意味だと思っています。)

僕は普段から学校嫌い全開で、発表も一般的な英語教育の批判から入りました。
学校の先生方を前に批判しちゃっていいのかと、発表前はほんの少し不安でしたが、
発表が終わった後にコンセプトも褒めていただけたので、
信念が、より確固たる物になったような気がします。
学校嫌いは僕のアイデンティティーです。
学校が嫌いだからこそ、
教育をより良いものにしなきゃいけないと思っているわけです。


他の先生方の発表も興味深いものでした。
中でも熊本大学の小林美代子教授の講演がとてもインスピレーションに富んだもので、
感化される部分が多かったです。

何のために外国語を学ぶのか。
そもそも英語を話すことができるようになる必要はあるのか。

僕は英語を勉強するからといって、話せるようになる必要は無いと思います。
僕が英語を学び、教えるのは、生きていくために必要な思考力を鍛えるためです。
言語である以上、話せるようにならなくてはいけないと思われがちですが、
英語を話さなくちゃいけない日本人ってごく一部ですよね。
別に英語を話さなくても生きていけます。
ただ、頭は使わないと生きていけません。



まあ、とにかく無事終わったし、楽しかったので良かったです。
映画オタクコンテストで2位になって、景品の辞書をもらったりもしました。
映画のワンシーンが流れ、その映画のタイトルを当てるクイズだったのですが、
映画英語教育学会ならではのイベントで、これでだいぶ緊張がほぐれたように思います。

来年8月に大阪で全国大会があるそうなので、 そちらも視野に入れて頑張ります。

では!


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当日撮影していただいた写真を頂いたので追記しておきます。(11/22)



こうして写真をみると反省点がさらにたくさん出てくるので、
撮影していただけるととてもありがたいですね。
自分が発表中の映像も撮っておけばよかったなあと。
反省用にボイスレコーダーで音声は録音してるつもりだったのですが、
なぜか録れていませんでした。残念。。



機材について
プレゼンはiPadのKeynoteを使って行いました。
iPhoneにKeynote Remoteというアプリを入れて遠隔操作しました。
なぜかBluetoothで使えなかったのですが、学内にWiFiがとんでいたので助かりました。
流した映像はhandbreakというソフトを使ってDVDから取り込みました。
普通、著作権的にNGなのですが、こういった学会の発表や公共の教育が目的であればOKらしいです。
塾や予備校、USTREAMでも映画の映像が使えるようになればもっと幅が広がるように思います。









2011年11月12日土曜日

講師のあり方

生徒に「勉強しろ」っていう割に、
自分は全然勉強してないって先生があまりにも多いように感じます。

そんなんじゃ生徒は勉強しません。

講師なら、勉強量で生徒に負けちゃだめです。絶対に。

「勉強は学生の間だけすればいい」
こんな風に考えてる人ってけっこう多いんじゃないでしょうか。

大人になればなるほど、人って勉強しなくなっちゃいますよね。
僕の周りでもちゃんと勉強してる大人ってすごく限られてるように思います。

学校で授業を受けていて、「この先生すごい勉強してるなー」
って感じたこと、ありますか?

残念ながら、めったにいないんじゃないかと思います。

僕が小さい頃からずっと抱いてる大人のイメージは、
「仕事が終わったら飲みに行って遊んでる」
そんなイメージです。

僕はまだ学生ですが、そこそこ大人になって周りを見渡すと、
やっぱりそんな大人が多いんですよね。


親が子どもに「勉強しろ」っていうときも同じです。
こういうときってたいてい子どもは反抗しますよね。

反抗する子どもに対して親は決まってこう言うんです。
「自分が学生のころは勉強してた」

子どもからすれば、
「今はしてないの?」「大人になったら勉強しなくていいの?」
って感じです。

そんな親の言うことなんか聞いてたまるかって感じるのは当然ですよね。


日常生活で、誰かに「頑張れ」って言うときも同じです。
明らかに頑張ってない人に「頑張れ」って言われても、
全然頑張れないですよね。

努力をしてない人間が、誰かに努力させることは不可能です。

頑張ってない人間には、誰かに「頑張れ」っていう資格なんて無いんです。


生徒に「勉強しろ」って言う前に、
自分がちゃんと勉強できてるか、考えてみてください。

「仕事があるから時間が無い」「授業があるから時間が無い」
そんなのは甘えです。

生徒だって、勉強以外にもしなくちゃいけないことが山ほどあるんです。


大人なら、
今まで生きてきた経験から、
時間が無くても効率よく勉強できる方法を知っているでしょう。

勉強してる大人はかっこいいですよ。

2011年11月5日土曜日

V for Vendetta

11月5日になるとこの映画を思い出します。

"Remember, remember the fifth of November
Gunpowder, treason and plot
I see no reason why gunpowder treason
Should ever be forgot"

1605年の11月5日にイギリスで起きた火薬陰謀事件に言及した映画です。
映画では、この事件の首謀者であるガイ・フォークスのマスクを主人公の"V"がかぶっています。(このマスク、特に使い道はないですが、買っちゃおうかと思ってます。)


原作はアメコミの「V・フォー・ヴェンデッタ」。
製作、脚本は「マトリックス」シリーズのウォシャウスキー兄弟。

主人公、Vの中の人は「マトリックス」のエージェント・スミスを演じたヒューゴ・ウィーヴィングです。
映画の中では本人の顔は一切出てきませんが、この映画で一気にヒューゴ・ウィーヴィングのファンになりました。

独裁政権と化した近未来のイギリスを舞台に、アナーキズム満載のヒーロー"V"が国民の自由を取り戻す為に戦います。

とても知的でスタイリッシュな映画です。

好きなシーンが多い映画ですが、ネタバレを極力避けるために、登場シーンの自己紹介スピーチだけを紹介したいと思います。

"Voila! In view, a humble vaudevillian veteran,
cast vicariously as both victim and villain by the vicissitudes of Fate.
This visage, no mere veneer of vanity, is a vestige of the vox populi,
now vacant, vanished.
However, this valorous visitation of a by-gone vexation, now stands vivified,
and has vowed to vanquish these venal and virulent vermin vanguarding vice and vouchsafing the violent, vicious and voracious violation of volition.
The only verdict is vengeance; a vendetta, held as a votive, not in vain,
for the value and veracity of such shall one day vindicate the vigilant and the virtuous.
 
Verily, this vichyssoise of verbiage veers most verbose so let me simply add
that it is my very good honor to meet you and you may call me V" 

"V"から始まる単語を大量かつ巧みに使ったスピーチです。
韻を踏みまくっています。
日本語字幕で見てしまうと台無しになってしまいますね。
言っている内容もかっこいいです。

ちなみに日本語字幕ではこんな感じです。

「では!ご覧の姿は道化師のもの。時に弱き物を、また、時に悪しき物を演じることも。
仮面はただの虚飾にあらず。もはや素顔をさらして歩ける世界ではないゆえだ。
しかし、この厄介者が再び姿を現したのは、世の悪を正すため、この腐った世界にうごめくウジ虫を掃除する、そのために。
そう、これは "血の復讐(ヴェンデッタ)" だ。復讐の誓いは今も生きている。悪を断ち切り、自由をもたらすために。

少々長い自己紹介になったようだ。要するに、簡単に"V"と呼んでいただければ結構だ。」


要旨は伝わりますが、日本語字幕には限界がありますよね。(Vから始まる単語なんてこんなに知らないので僕も調べないと意味は分からなかったですが。 )

動画は埋め込みができなかったのでこちらからご覧ください。

「世の悪を排除し、自由を」
 この映画の理念を僕なりに解釈して、英語教育に置き換えると、
「荒んだ今の教育を破壊・再構築して、よりよい世の中を」
って感じになります。
ちょっと排他的な感じがしますが、ときにこういう考えも必要だと思っています。

2011年10月26日水曜日

教え過ぎ その2

昨日のブログに引き続き、
講師が教え過ぎることによる弊害について考えます。

塾で教えていると、授業を延長して行っている講師をよく見かけます。
一見、熱心に教えているように見えますが、
それが生徒にとって本当にいいのかどうか。

与えられた時間の範囲で授業をするのがプロです。
熱心さと自己満足を履き違えてるのではとも思います。

本来授業が終わる時間を過ぎると、生徒の集中力は一気に落ちます。
講師の集中力も同様でしょう。(自覚は無いかもしれませんが。)
そんな状態で授業を延長しても、意味があるとは思えません。

中には、講師の熱心さに動かされ、勉強にやる気を出す生徒もいるでしょう。
やる気が上がれば、それが1番です。

ただ、延長して授業を行うと、
生徒が勉強した気になってしまいます。
講師も授業した気になってしまいます。
これは最悪です。

延長することの1番の弊害は、
生徒が勉強したつもりになり、
講師が授業をしたつもりになってしまうことです。
昨日のブログで書いた通り、
教え過ぎると、生徒の実力は上がりません。
また、生徒が勉強したつもりになってしまうと、
最も大切な復習が疎かになってしまいます。

僕の塾では一コマの授業は80分です。
最後のコマの授業が終わって、生徒を完全に帰宅させる時間まで40分あります。
この時間、完全に授業を延長すれば、
120分にもなります。

120分も同じ科目の授業を続けても、自己満足に終わってしまうだけで、
効果は限りなく薄いものになります。
仮に生徒にやる気があっても、頭がついていきません。
普通の人間に120分も集中力を持続させることはできません。

僕も教える仕事を始めたころは、よく授業を延長していました。
熱心になればなるほど、多くを伝えたくなります。
多くを伝えようとすればするほど、
伝えたい内容は薄れていきます。

ポイントを絞らないといけないことに気がついたのは、
ほんの一年くらい前です。

そこから一気にスタイルを変えました。
まだ、うまくできない部分もありますが、
確実に実感できています。


まず、教え過ぎることをやめましょう。
伝える内容を制限し、
時間内に授業を終わらせるプロ意識を持ちましょう。

2011年10月25日火曜日

教え過ぎ

講師が教えすぎると、生徒の成績は上がりません。

思考力もつきません。

学校で行われているような授業は基本的に、
教科書に書いてあることを読み上げているだけであるように感じます。
少なくとも僕が中学や高校で受けてきた授業はそうでした。

10個ある内容を1から10まで全て読み上げる。
その作業に意味があるとは到底思えません。
書いてあることなら読めば分かりますから。

結局そんな授業なんか聞いていませんでしたし、
定期テスト対策は自分で授業中に行っていた記憶があります。

講師の役割は、授業の中で生徒に気づかせることです。
理解しなければいけない10個ある内容のヒントだけを与えることです。
生徒目線でみれば、授業中に教わった内容と、気づいた内容とでは、定着度は雲泥の差です。
自分の頭で考え、気づくことはとても気持ちがいいことで、
脳みそにしみ込んで行く感じがします。
だから記憶にも残り、必要なときに使えます。

僕が高校生の頃にお世話になった数学の先生は僕が質問に行くと、
「1から10まで質問するんですか?」
と、質問しすぎる僕を諭してくれていました。

浪人していた頃からお世話になっている関正生先生も先日ブログで、
執筆されているスタンスについて、内容を限定することの重要性を語られていました。

以下引用です。

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まず僕の執筆のスタンスは「“今までにない英語の新しさ”を伝える」です。
従来の英語教師・本の多くは「網羅型」です。それはそれでもう星の数ほどの本、もちろん良書もあるので
あえて出版する必要はないと僕は思います。


でも僕は、「教師の力量次第で“網羅しなくてもいい”状態」を作り出せると信じています。





従来型:1・2・3・4・5・6・7・8・9・10… とひとつずつ教える(網羅する)
僕の考え:1 ・ 3 ・ 7 ・ 10だけ教える





僕は一部のポイントをつけば、その間にある(2や4などの)知識はマスターできると考えます。
これがその教師の力量です。極論を言えば、1と10だけ教えて、その間の2~9までマスターさせる教師は達人ということです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
引用元のブログはこちら


僕も普段塾で教えていて、「今のは説明しすぎた」と反省することは多々あります。
そういうときはたいてい生徒は内容を忘れてしまっています。
本来20分かかる説明を5分でして、余った時間で自分で考えさせた方が圧倒的に生徒の記憶に残っているというのが、授業していてよく感じることです。


気づかせるということは、教えることよりもはるかに難しいでしょう。
ただ、自分で気づいたように感じさせることは、できるのではないかと思います。
一生懸命説明してしまいがちな先生は、たまにはざっくり説明してみてもいいのではないでしょうか。


2011年7月28日木曜日

Black Math

今日は僕の好きなバンドのThe White Stripesの歌詞の一部を引用します。

"Listen master can I ask you a question
Is it the fingers, or the brain
that you're teaching this lesson?
Maybe I'll put my love on ice
And teach myself, maybe that'll be nice"

"先生、質問してもいいですか?
先生は脳に教えてるんですか、
それとも指に教えてるんですか?
たぶん僕は情熱を失って自分で学ぶだろう
たぶんその方がいい"

Black Mathという曲なんですが、文法とか表現の話はおいといて、
「先生は脳に教えてるんですか、それとも指に教えてるんですか?」
ってなかなかの皮肉ですよね。

指に教えるというのは、作業を強いるような授業のことです。
以前僕が働いている塾の生徒が日本史の宿題をしているのが目に入ったんですが、
その子は穴埋め問題の答えをひたすら教科書から探して、何時間もかけて解答欄を埋めていました。
こういうタイプの宿題って珍しくないですよね。
試しにその子がやってたページから口頭で問題を出してみたんですが、答えられませんでした。
日本史は覚えることが多いので、ある程度の作業は仕方が無いことは分かっていますが、
僕はこの手の作業に何の意味も感じません。
勉強しているように見えて全く頭を使っていないですよね。

きっとこの宿題を出した先生は授業中も、教科書に書いてある内容をただ読み聞かせてるだけなんじゃないかと思います。
教科書の内容をなんとなくまとめて、板書して、それを生徒に書き取らせるわけです。
指に教えてるって表現がぴったりですよね。

僕が学校で受けてきた授業も指に教えるような授業ばかりでした。
なんの面白みもなく、想像力を掻き立てることもない授業です。
生徒が学ばなきゃならないのは、指の使い方ではなく、頭の使い方です。

生徒に頭の使い方を教えられるのは、頭を使ってる大人だけです。
教師という職につきながら学ぶことをやめてしまった大人は論外ですが、
学び続けているように見える教師の中にも、頭を使うことをやめてしまっている人が多いように感じます。
知識が増えれば増えるほど、論理的に考えることを放棄してしまっているわけです。
教師が教える際に、知識の量や質にはあまり価値がないように思います。
必要な知識は教科書に書いてありますし、ちょっと細かいこともすぐ調べられますしね。

結局世間に必要なのは指に教える先生じゃなく、脳に教えることができる先生、
つまり、頭の使い方、論理的思考の過程を教えることができる先生なわけです。

なんてことをThe White Stripesの曲を聞きながら考えるのでした。


The White Stripes / Black Math